りんどう柄の茶碗
p46で柱の側にあるりんどう柄の茶碗がp45の同じ場所に「ない」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p45)
何かが登場する時にはその前にさり気なく存在を描き込んでいることが多い(例えばp46)のりんどう柄の茶碗の次のコマの周作の下駄のように)事からみても、この重要な品の存在が予め描かれていないのは不自然で作為的。
下段左のコマの左上に、周作の脱いだ下駄がある
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p46)
ので、この時点で布団を裏返しに屋根に登っている。
- 同じコマで径子が紹介状を伯父から受け取っている。
- 勿論次回「第18回(19年10月)」で径子が働きに出る(ことですずが一人で考える時間が持て、結果周作とリンとの関係に思い至る)伏線。
これだけ周到に様々な事柄が準備されているのに、りんどう柄の茶碗だけは不自然に突然登場(リン本人もだが)するのだ。
「わたしも知らん」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p47)
周作がおそらく1年前に買った筈の茶碗。
- 径子は嫁いでいるから気づかないとして、サンは気づいていなかったのだろうか?
- あるいは気づいていたが、話がリンの事に及ぶのであえて言わなかったのか?
「すずさんも お茶にし」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p47)
そんな風に気遣ってくれている(のだろう)姑がお茶を出しているのに無視するすず。
作者による仕掛けの数々
「子供達は 兵隊や嫁に行って」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p43)
北條家もそうである筈なのに。
前回「第16回(19年9月)」に引き続き、読者は誰もが疑問に思う。何故周作は戦地に行っていないのか?
「いわば物資の疎開です」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p44)
小林夫妻だけでなく、前頁で屋根裏に居たねずみも地下に避難している。
そして次のコマでは、物資の疎開ということで北條家を目指しリヤカーを引く小林夫妻。中沢啓治『はだしのゲン』第1巻に、主人公の中岡一家が
「いなかのしりあいで小林さんの家へ」
中沢啓治(2013、原著は1975)『はだしのゲン(1)青麦ゲン登場の巻』81版 汐文社. p163)
荷物を疎開させる描写がある(荷物を載せて引いているのはリヤカーではなく大八車だが)ので、これが小林の伯父 / 伯母の苗字の由来なのかもしれない。
「好き嫌いと 合う合わんは 別じゃけえね」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p47)
背景に微妙な表情の径子が描かれている。
- 「第2回(19年2月)」で触れた通り、そもそも径子はこの(周作とすずの)結婚話自体が気に入らない。
- そして仲人を務めるくらいだから、その気に入らない(周作とすずの)結婚話の推進力であったろう小林の伯母との関係も、その点では微妙なのであろう。
- そんな小林の伯母に、径子自身の、好き嫌いで嫁いだ先で義理の両親と折り合いが悪かったことを遠回しに言われて、心中穏やかではない筈。
それだけではなく、小林の伯母にあえてこう言わせている背景に、家族であることと血の繋がりもまた別だという、作者の考えもあるのかもしれない。
- それが意味するところは「冬の記憶(9年1月)」の「『家族』とは何か」にて詳述予定。
「明るい?」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p48)
背景ははしごを登るすずに合わせたもので、径子の背景としては整合的でなく、一コマであるが径子を映すカメラ視点がすずのそれとは明らかに異なる。同様に、一つのコマ内に2つの視点が同時に区別なく描かれる事がこの作品ではあるのだ。
見合いをさせたい小林の伯母と、自分で決めたい径子
「一時の気の迷いで 変な子に決めんで ほんま良かった」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p47)
p48)で晴美以外の一同が凍りついていることから、「変な子」とはリンの事(で、リンの事はすずには内緒という暗黙の了解があったもの)と推定される。
- 小林の伯母は、夫である小林の伯父に径子が紹介状を依頼してきたことから、(仕事ではなく)見合い話を持ち出すきっかけにと、その暗黙の了解を(一応ややぼかした形でではあるが意図的に)反故にする形でリンの事を話題にした。
- 加えて、小林の伯母が径子の見合い話を持ち出したのは、(周作とすずの)結婚話を径子抜きで進めたことで微妙になった彼女(径子)との関係を改善しようという意図もあったのかもしれない。
「径子ちゃん にもエエ話 持って来て あげんと ねえ」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p49)
と(企み通り)言う小林の伯母に対し、径子は不要という仕草。小林の伯母が本当にエエ話を持ってくるのかはさておき、径子は他人の持ってきた話に乗って再婚する気はない(仮に再婚するとしても、仕事と同様に、自分で探して自分で決めた相手とでなければ)ということだろうか。
女々しい周作と聡いすず
「…よいよ / おしゃべりな / ………伯母さん じゃのう」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p49)
と言いながら、猫についたノミを小林の伯母めがけていくつも投げ捨てる周作。
- 小林の伯母に余計なことを言って欲しくなかった、という趣旨の描写であろうから、周作はすずにリンの事を話す気はなかった。
- またこの周作の振る舞いで、小林の伯母が何か周作に不都合な事を言ったのだという事がすずにも判ってしまった。
「すずさんにやる 使うたってくれ」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p49)
すずが毎日使う、即ちリンを思い出す事になるが…あるいは「女々しい」と思われていると感じた周作がそうではないと示すためあえてなのか。
「嫁に来てくれる人に やろう思うて 昔買うとった物じゃ」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p49)
周作の言う「嫁に来てくれる人」はリンの事だが、すずにも読者にもそうした事情はこの段階では明示されていない。
- ただすずは小林の伯母の発言や周作の妙な言い回しから「嫁に来てくれる人」が自分のことではないなと察知し「ありゃ! 有難う ございます」と気づかないふりはしつつ
- 「…ほいでもなんか 勿体ないみたい」「しもうとって ええですか?」と、このりんどう柄の茶碗を使うべき人は自分ではない、と暗に伝えようとしている。
「ああ そう してくれ」「どうにも 見るに たえん」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p50)
「…ほいでもなんか 勿体ないみたい」「しもうとって ええですか?」とやんわりすずが断ってきたので、周作は、すずにりんどう柄の茶碗を毎日使われるのは「どうにも 見るに たえん」と正直な気持ちを話した。
「すずさんだって 気づいとんじゃろう」「確かにわしゃ 暗いわい!!」「ほいでも 女々しい 思うとろう」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p50)
別の女に未練があるとすずに知られてしまった、と恥じた周作が半ばやけっぱちで騒いでしまい、径子に「なん暴れとんね!?」と叱られる。
- おそらくは子供の時分から、同じように径子に言われ続けているのであろう…
- で、叱られ続けてもなおらないように、未練の方も無くなるどころか再燃するのであった(※後の「第30回(20年5月)」でこっそり描かれる)。
- 更新履歴
- 2022/03/06 – v1.0
- 2023/03/04 – v1.0.1(関係する投稿へのリンクを追加)
- 2023/03/13 – v1.0.2(「次へ進む」のリンクを追加)
- 2023/03/22 – v1.1(「好き嫌いと 合う合わんは 別じゃけえね」を「第2回(19年2月)」の追記を踏まえ改訂)
- 2023/10/17 – v1.2(「いわば物資の疎開です」を追記)
- 2024/09/02 – v1.2.1(誤字修正)
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