リンの代用品のさらに代用品なすず
リンの部屋の火鉢と、すずが作る代用炭団の代用品が入ったバケツが裏表でつながっている
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p59)
見た目、優雅できれいなリンと、炭まみれで汚いすずの対比。すずがそう感じている事を表している。
- リンの火鉢には代用品ではない木炭が
- すずのバケツには木炭の代用品の炭団のさらに代用品である代用炭団が
それぞれを象徴するように入っている。
「……… ……… ねえ 周作さん」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p64)
御飯の代わりのおうどんでさえなく、
- 木炭( = リン)の
- 代用品の炭団( = 周作が子供の頃出会った少女)の
- さらに代用品( = すず)。
だから(表のすず( = 周作が子供の頃出会った少女)ではなく)浦野(裏の)すず。
- なお「第15回(19年9月)」で触れた、浦野すずの良きライバルになる筈であった長谷川町子の代表作『サザエさん』の主人公の実家は「磯野家」。浦野すずの実家は勿論「浦野家」。磯も浦も海岸の地形の呼称という共通点があるところも見逃せない。
すずはそもそも身に覚えのない「子供の頃周作が出会った少女」として嫁にされた、いわば代用品だという認識が既にあり、その当該少女さえリンの代用品であったという事に気づいたので、そうなのであればもはや「子供の頃周作が出会った少女」自体が(代用品なのだから)周作にとって重要な存在とは言えず、その身代わりとして自分が居る必要もないのではないか、とすずは周作に問いかけたかった。
- そして、すずが問いかけたかった事はこれだけではなかった…(詳細は「第25回(20年2月)」にて)
「代用品のこと 考えすぎて 疲れただけ」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p66)
自分は「子供の頃周作が出会った少女」ではない、とはっきり言うべきかどうか、そして代用品( = 子供の頃周作が出会った少女)はどんな人なのだろうかと考えすぎているすず。
- すずが思い悩んでいるのは、上記の通りそれだけではなかったのだが(詳細は「第25回(20年2月)」にて)。
(第9回の径子と同じくらいだった)晴美も大きうなった
下段のコマで、晴美の初のオーバーオール姿
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p59)
前回「第18回(19年10月)」p58)の最後のコマで竹やりを持つ晴美もおそらく同じオーバーオールだが、明確に描かれているのはこの回が初めてか。それまでは物語の最後で径子が取り出す(そして「第9回(19年5月)」で幼い径子が着ていた)スカート姿だった。晴美も成長して着れなくなったということだろう。
歌ふ狸御殿
「葉っぱが 乗っとるで 小狸さん」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p61)
タヌキ顔のすずと、キツネ顔の周作 / 径子。
「うわ / どこの狸御殿か 思うたわ」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p61)
『歌ふ狸御殿』は現存する最古の狸御殿シリーズ(2作目)。父の死後、養母と義姉きぬたにイジメられながら暮らす狸娘お黒の物語。その内容はシンデレラ(灰かぶり姫)に準じたものなので、灰まみれ(かつタヌキ顔)のすずを見た径子がこんなひねりの効いた反応をした、というわけ。
『歌ふ狸御殿』の主人公の義姉の「きぬた」はタヌキを逆さまに読むという名付け方だろうが、タヌキ顔のすずとは性格がまるで逆さまなキツネ顔の径子もすずの義姉だから、狸娘お黒から見た義姉きぬたとは同じ立場である。
- 義姉きぬたにイジメられる主人公の名は「お黒」で、すずの名前とは関連がなさそうだが、径子の夫の苗字「黒村」の由来の一つではあるかもしれない。
- そしてこの義姉きぬたのように「何かを逆さまに読むと誰かの名前になる」という仕掛けは、「第32回(20年6月)」の仕掛けの予行演習にもなっている。
それだけでなく
- すずが「タヌキ顔」であると読者に意識させなければならない、もう一つの理由があるのだ。
- その詳細は、「冬の記憶(9年1月)」にて。
「自分は代用品の代用品なのか」となじる代わりにきつい煙で周作を責めるすず
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p66)
燻せば化けの皮がはがれるかもしれないし(狐だけに)。
そして、代用炭団にユーカリの落ち葉が混じっていただけでもかなり効果的であったというこの経験が「第38回(20年8月)」で再び活かされる…
「どーじゃね げんきかね」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p61)
『歌ふ狸御殿』の主題歌『どうじゃね元気かね』の作詞者で『悲しくてやりきれない』『勝利の日まで』の作詞者でもあるサトウハチローが1919(大正8)年から師事したある詩人は、その4年後、「第25回(20年2月)」で触れるある童謡詩人を最初に見い出すことになる。
つまり『歌ふ狸御殿』がここで取り上げられているのは、その、ある童謡詩人に辿り着くための手がかりでもあるのだろう。
- 水原哲とその兄 / すずと周作 の年齢差は4年だが、この、ある童謡詩人とサトウハチローとの「時差」が由来なのかもしれない。
南無妙法蓮華経
「冬の記憶(9年1月)」は『山男の四月』、「第25回(20年2月)」は『永訣の朝』。それぞれ宮沢賢治の作品を彷彿とさせるエピソードである。
そして、ここで紹介されているサトウハチローが師事したある詩人と『どうじゃね元気かね』の口癖の主、そして周作達。この組み合わせ、「第25回(20年2月)」で触れている内容をお読み頂ければお分かりのとおり関係が深いのであるが、南だけ無い…南無妙法蓮華経(法華経の教えに帰依します、の意味。宮沢賢治は法華経を深く信仰していた)ということだろうか。
- 更新履歴
- 2022/03/07 – v1.0
- 2022/08/17 – v1.1(『どーじゃね げんきかね』を追記)
- 2022/10/13 – v1.2(「南無妙法蓮華経」を追記)
- 2022/11/01 – v1.2.1(「第20回(19年11月)」で追記した「この回が新聞の人生相談欄風に仕立ててある理由」の内容に沿って投稿日を修正)
- 2023/03/13 – v1.2.2(関係する投稿へのリンクと、「次へ進む」のリンクを追加)
- 2023/08/09 – v1.3(代用炭団にユーカリの落ち葉が混じっていた旨を追記)
- 2023/08/28 – v1.4(『サザエさん』の主人公の実家「磯野家」と浦野家の共通点を追記)
- 2024/07/02 – v1.5(水原哲とその兄 / すずと周作 の年齢差の由来と、すずが本当に問いかけたかった事について「第25回(20年2月)」で触れる旨を追記し、『歌ふ狸御殿』のリンクを追加)
- 2024/11/22 – v1.6(径子が「狸御殿」と言った理由と、径子の夫の苗字「黒村」の由来について追記)
- 2024/11/25 – v1.7(義姉きぬたの仕掛けと「第32回(20年6月)」の仕掛けの関係、及びすずが「タヌキ顔」であると読者に意識させなければならない、もう一つの理由がある旨追記)
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