黒村家(あるいは作者の思い遣り)
扉ページの径子の隣の柱に「キンヤ」「ケイコ」という文字
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p3)
初めて明らかにされる径子の夫の名前。
「キンヤ」の名前の由来は、すずが晴美に作ってあげた笹柄の巾着から。
- つまり「キンチャク(巾着)」 – チク(竹) = キンャ ≒ キンヤ
- (※この巾着やその元となったすずの着物の柄については
- 「最終回 しあはせの手紙(21年1月)」で触れる予定だが、晴美に関連してかぐや姫のモチーフがみられることや
- 「第18回(19年10月)」で、すずは竹やりを作りながらリンと周作の関係に気づくこと
- 「第25回(20年2月)」で触れる予定だが、すずは竹やりで絵を描きながら、さらに重要なことに気づいていること
- などを踏まえれば、この巾着やすずの着物の笹柄は、竹の葉の柄と捉えるべきなのだろう)
- (※この巾着やその元となったすずの着物の柄については
また、上記の式は入れ替えると、キンヤ( ≒ キンャ ) + チク(竹) = 「キンチャク」である。
- 巾着を作った「第5回(19年3月)」の時点で、すずは勿論キンヤの事は知らないのだが、
- 結果的に晴美にとってとても大切なものを
- 自分の笹柄(竹の葉の柄)の着物の端切れで作って
- 与えたことになる。
- そして、そう考えると、
- 若くして亡くなった父キンヤは、晴美が亡くなるまで、守巾着として
- ずっと晴美の傍に居てくれていたのだ
- とも言えるのかもしれないな。
- そして、そう考えると、
径子が久夫と別れる時点では舅は義足ではない
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p3)
そもそも「第23回(20年正月)」に登場する義足の爺さんは舅ではないらしい。
- では誰なのか。
- その詳細は「第23回(20年正月)」にて。
最初のコマの右端の柱
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p4)
久夫の「18年5月」と晴美の「19年5月」がほぼ同じなので、1歳違いと推定できる。
「ほいでも久夫を」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p4)
久夫 = 夫と会えなくなって久しい。
北條家
着物の模様が「小姑」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p3)
右上のコマで、洗濯の残り水をバケツに戻している
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p5)
水は貴重。
スケッチブックを懐に隠して畑に向かう
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p5)
嫁として働く中でサボって絵を描いていると思われたくなかったのだろう。p10)のサンの台詞「熱中すりゃすぐ 周りが目に入ら んくなる子」から推測するに、すずは北條家に来て以降これまでの間で、絵を描いていてなにか失敗をしたのかもしれない。
「ほんま ですねえ…」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p10)
このコマですずに手をかけているのはサン。次の「第13回(19年8月)」で貴重な砂糖を全損したすずに闇市で買うようにとへそくりまで提供する優しい振る舞いは、「第9回(19年5月)」で培われたすずとサンの関係性がなければ成立しない。それを直前のこの回で読者に再確認させている。
憲兵にスケッチブックを持ち去らせる意味は
「ミテタら 勝手に出して 使うたらええ」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p9)
2コマかけて抽出しの中を見せ、渡した帳面を使い切ったら勝手に抽出しから(新しいのを)出してよいと周作に言わせているのは、(「第18回(19年10月)」で)すずが躊躇いなく抽出しを開けられるようにするため。夫とはいえ他人の机の抽出しを勝手に開けるような事はしないのが(今時のそれとは違うのかもしれないが)普通の感覚。
間諜行為の女(すず)が「情報を盗み」ミテタら…と憲兵の台詞にも一応ひっかけてあるようだ。
スケッチブックが憲兵に持ち去られる
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p8)
スケッチブックが周作からの小さいものに(追加ではなく)入れ替わる事を明示。
- それは
- 上述の通り抽出しを開ける(周作による)許可につなげる仕掛けというだけでなく
- すずが
- ロジスティクス失敗を糊塗するための玄米配給
- そしてそれをさらに水増しする楠公飯という
- 政府のプロパガンダに乗っけられっぱなしのボーッとした人ではない事を象徴的に示す為
- 政府の手先たる憲兵に敢えて楠公飯のレシピを描いたスケッチブックを取り上げさせるという…
- 作者のキツーイ皮肉でもあるのだ…
憲兵がすずを拷問にかけないのは
「この女の夫は軍法会議の 下っぱ録事じゃげなの」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p7)
憲兵はすずが誰か初めから知っている(じゃげなの = だからな)。
「憲兵 / 軍事警察をつかさどる軍人。国民生活全体を監視し、思想弾圧なども行った。」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p6)欄外
甘粕事件はよく知られているが、勿論それだけではなく、東条英機も反対派を弾圧するのに利用するなど、憲兵といえば拷問・虐殺を連想する。ましてやすずの嫌疑は間諜である。連行して拷問して自白させるのが普通ではないだろうか。
何故そうしなかったのか。
- 上記の通り、この憲兵はすずが誰だか初めから知っている。
- しかも何故かこの憲兵は一人である。
- そして「第15回(19年9月)」でその詳細について触れる予定だが、実はすずは著名人である。
- それも彼女がスケッチブックに描いた絵が垂涎の的となるような。
- ここで読者であるあなたが仮にこの憲兵であったとしよう。
- そして憲兵であるあなたは、あの著名な「ウラノスゞ / 浦野すず」の大ファンだ。
- そんなあなたの担当区域である長ノ木町に、彼女が引っ越してきた。
- それだけでも心躍るのに
- 偶々一人で巡回している時に彼女を見かけたら、何とスケッチブックに海岸線を写生しだしたではないか。
- 同僚の憲兵はいない。自分一人だ。
- 彼女の絵が満載であろう、あのスケッチブックが欲しい。
- 間諜行為であるから本来は連行すべきだが、そうするとスケッチブックは証拠品となり自分の手許にコレクションすることはできない。
- よし
- ここは厳しく指導するふりをしつつもスケッチブックを取り上げるだけにして連行することはせず
- 自分一人だけの秘密にすることで体よくあのスケッチブックを自分のものにしてしまおうではないか。
…一見強面なこの憲兵の、内面の心の動きはこんな感じであった。
オタク心理というか、スケベ心というか…ただの職権濫用である(すずが助かったのは読者心理としてはありがたいが)。
- しかし、同じ立場に立たされた時、あなたはどう振る舞うであろうか。
- あなたは正しく振る舞うかもしれないが、世間一般の人達はどうか。
- 例えば、映画撮影でintimacyな場面の時だけ、スポンサー絡みなどの男性ギャラリーが妙に増えたりするのを「役得」などとしていたりする状況は「職権濫用」ではないのか。
- あなたに与えられた「職権」は職務を遂行する目的の為に与えられているのだから、自分の欲望を満たす為に使ってはいけないのは当然なのであるが、世間の実情はどうもそうとは限らないようだ。
この憲兵の(間諜行為を疑いながら何故か連行せず、スケッチブックだけ持ち去ったという)普通でない振る舞いには、そうした状況に対する作者の皮肉が込められているのだろう。
で、北條家の皆もすずが著名人であることは当然承知しており、この憲兵の普通でない振る舞いから彼の心の動きもある程度推察できたので、安心して笑い飛ばしている、というわけ。
- 更新履歴
- 2022/03/02 – v1.0
- 2022/07/14 – v1.1(「ミテタら 勝手に出して 使うたらええ」の説明を書き直し、プロパガンダについての説明を追記)
- 2023/03/13 – v1.1.1(関係する投稿へのリンクと、「次へ進む」のリンクを追加)
- 2023/05/17 – v1.2(「黒村家」に「(あるいは作者の思い遣り)」を追加し、キンヤの名前の由来を追記)
- 2024/03/12 – v1.2.1(リンクを修正)
- 2024/07/10 – v1.2.2(「スケッチブックが憲兵に持ち去られる」の読み易さを改善し、義足の爺さんの詳細が「第23回(20年正月)」に記載されている旨追記)
- 2024/08/14 – v1.3(「憲兵がすずを拷問にかけないのは」を追記)
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