何故か嫁の役割を免除されているすず
すずが肩から掛けているのはカバンではなく座布団
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p131)
荷物ではないので、身軽に桜の木に登れた。
「お重持たせんで 良かったわーー」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p138)
本来なら嫁のすずが荷物持ちの筈。何故かp131)で径子が持っている。前回「第27回(20年3月)」、すずに晴美の代わりとして荷物持ちをさせた、そのお返しということだろう。
お陰で
- 荷物がないので、身軽に桜の木に登ってリンと二人きりになれたし
- 北條家の皆も、荷物(お重)は手元にあるので、すずを慌てて探すことはしなかったから
リンとの交流が持てた。
広島地方には 神武天皇祭を起源として四月三日にお花見をする習慣がありました。
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p131)
何故4月3日という決まった日にお花見をする習慣が持てたかというと、1874(明治7)年から1948(昭和23)年まで、4月3日は神武天皇祭という名前の休日だったからだ。
- この休日の由来は、神武天皇が127歳(!)で崩御したとされる日だから。
- ちなみに即位した日が紀元前660年2月11日とされていて、建国記念の日の由来となっている。
- また、「第9回(19年5月)」上巻p121)の日めくりカレンダーに書かれた皇紀二六〇四年はこの即位年から数えたものだ。
「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」につながるあれこれ
「すずさんは 二河公園は 初めてかね?」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p132)
リンが初めて二河公園に来たのは10年春(1935(昭和10)年3月27日~5月10日)の「呉市主催国防と産業大博覧会」の時。一度だけ食べたあいすくりいむの思い出の場所。
この回は1945(昭和20)年4月だから、ちょうど10年前。ただ「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」p109)中段右のコマでは枝垂れ柳が描かれているので、恐らく5月の会期末近く。
「木登りも 出来るで」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p133)
草津の森田家の屋根裏に潜む程度の運動能力は保持しているリン。
髪梳けるリン
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p131)
髪を梳く女性の絵としては、喜多川歌麿の「婦人相学十躰 髪すき」(1802〜03(享和2〜3)年)や、 Dante Gabriel Rossettiの「Lady Lilith」(1866〜1868(慶応2〜慶応4 / 明治元)年)もあるが
よりこの物語に近い年代のものとしては、橋口五葉の「髪梳ける女」(1920(大正9)年)がある。

Museum of Fine Arts Boston, Dante Gabriel Rossetti, Goyō Hashiguchi, Public domain, via Wikimedia Commons
この、橋口五葉の「髪梳ける女」は、Macintosh 128K(Appleが開発・販売するMacの最初のモデル。1984(昭和59)年1月24日発表。)に搭載されていたソフトウェアの一つMacPaintのデモ画像として使われた。

このMac発表の35日後には、「第25回(20年2月)」で触れた童謡詩人 金子みすゞ の全集(発見された遺稿手帳を原稿としたもので、その大部分が未発表だった)が発行されている。

それ以外では一見関係なさそうに思えるMacだが、「第33回(20年6月)」の「シロツメクサが示すもの」で、その関係にもう一度触れる。
また「Lady Lilith」の方は、そもそもLilith自体に “femme fatale” など様々な意味合いがあるようだが、左上の鏡の前にあるのはジギタリス(Foxgloves)という毒草。これも「第19回(19年11月)」や「第38回(20年8月)」で触れる、ユーカリが何を意味しているのかについての示唆になっているのかもしれない。
リンが言う「秘密」は、周作との事ではない
「ああ テルちゃんね」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)
すずが知らない名前を敢えて出すリン。勿論すずに名前を知って欲しいから。テルは「tell」にも通じる。何かすずにどうしても告げたい事がリンにはあるということ。それは単にテルが亡くなったということだけではない(それだけならすずには関係のないことなので、告げる必要はない)。
「すずさんの 絵見て」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)
と言いながらリンも、大切な物を入れている懐中袋を取り出して見ている。その中にあるのは、テルの紅と、恐らくはすずの描いた絵。
周作の帳面の切れ端はもうないかもしれない(身許票は既に縫い付けてあるので、必要なくなったから)。
「秘密は 無かった ことになる」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p135)
と言いながら、すずの唇に「テルの」紅を塗るリン。周作(とリン)との関係の当てつけなら自分の紅を塗れば良さそうなのに何故テルの紅なのか?
それは、テルを結果的に死に追いやった若い水兵を切羽詰まらせたのがすずだから。
リンの言う「秘密」とは、テルの運命にすずが間接的に関わっていたこと。それにリンは気づいていた。しかしそれを敢えて話さず、でもテルのことを(関わりがあったのだから)記憶に留めて欲しくて、遺品である紅をすずに渡したのだ。
すずが(知らない人なのにと断ることなく)黙ってテルの紅を受け取ったのも、「第25回(20年2月)」で触れた通り、その「秘密」に薄々気づいていたからだろう。
「雪に描いた 絵見て わかったわ / 有難うね」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)
リンにりんどう柄の茶碗を渡す時、テルはその茶碗を誰から預かったのかを言えなかった。
- それは、すずが自分の名前を名乗らなかったからだ。
- すずが「北條すず」と名乗ったのは、玄関口に居た二葉館従業員に対してだ。
- テルに対しては名乗っていない。
- (「第25回(20年2月)」で触れた通り、すずが名乗ったのが聞こえなかったから、テルはp109)「おねえさん…」と呼びかけている)。
- テルに対しては名乗っていない。
- またその従業員も物凄い剣幕ですずを追い返したので、名乗られたすずの名前など忘れてしまったことだろう。
- すずが「北條すず」と名乗ったのは、玄関口に居た二葉館従業員に対してだ。
- テルを結果的に死に追いやった若い水兵を切羽詰まらせたのがすずだ、とリンが知ることになったのは
- その若い水兵自身が、自分を切羽詰まらせた女性の名前は「すず」だとテルに話し
- テルがそれをリンに話したからだ。
- (※恐らくは心中未遂に至る経緯をリンに語ったであろうから、その中で。)
- もしすずがテルに自分の名前を名乗っていたら、その場ですぐにテルは気づいた筈だが
- リンはテルにはそのことを言わなかっただろうから
- テルは目の前の女性(すず)がその人だと知ることなく死んでいった。
- つまりp135)「秘密は 無かった ことになる」
- (※そもそもテル本人は知ることが無かったので…)
- だから「有難うね」には「テルちゃんの前で名乗らないでくれて有難うね(お陰で秘密は無かったことになったよ)」という意味も重ねられていたのだ。
- つまりp135)「秘密は 無かった ことになる」
「テルちゃんは 死んだよ あの後肺炎を 起こしてね」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)
「うちゃアホの おかげか 風邪ひかん 体質ですけぇ」というすずとは対照的な運命。
ところで肺炎は風邪ではない。肺胞に炎症を起こし呼吸困難になるので、いわば陸上に居ながら溺れているようなものである。
- すずは
- 「波のうさぎ(13年2月)」で(前の月に溺れて亡くなった水原哲の兄の)遺品を、親しい人の遺品としてではなく別の意味で貰ったが
- 1945(昭和20)年4月でも遺品を、同じく、親しい人の遺品としてではなく別の意味で貰ったのだ。
- (※テルとすずが出会ったのが大雪の降った日(1945(昭和20)年2月25日)の翌日だとすると1945(昭和20)年2月26日で、3日後はもう3月だから、もしかすると1938(昭和13)年2月の場合と同じく前の月に(溺れる代わりに肺炎で)亡くなったのかもしれない…)
しかも今回の、テルが亡くなった直接の原因となった若い水兵は、「波のうさぎ(13年2月)」で遺品をくれた水原哲その人なのである…
「雪も解けん うちよ」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)
テルが亡くなったのが3月だとすると、1945(昭和20)年3月2日にはまとまった雨が降っている( = 雪が解ける)ので、彼女が亡くなったのは1945(昭和20)年3月1日ということになる。テルとすずが出会った日から僅か3日後だ…

- 「雪も解けん うちよ」と
- 「溶けん」ではなくて敢えて
- 「解けん」が使われているのは
- 事実上死ぬ事でしか、テル(或いは遊廓で働く女性達)の束縛が解けんからだ。
「それはそれで ゼイタクな事 かも知れんよ」「自分専用の お茶碗と同じ くらいにね」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p136)
つまり死んで記憶が無くなれば、秘密がなかったことになる、のではなく、秘密を独り占めできるので、自分専用のお茶碗を独り占めするのと同じようにゼイタクな事だ、と言っている。
そしてリンの細バカマがちらりと見えているのは、この場面で、リンの本心もちらりと見えている、ということを象徴しているのだろう。
それは「ゼイタク」とカタカナで書かれていることからも判る。
リンは本当は秘密を独り占めすることが「ゼイタク」だとは考えていなかった。
- 「第16回(19年9月)」でp41)「居場所はそうそう 無うなりゃせん」とは言ったものの
- (詳細は「第37回(20年8月)」や「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」で触れる予定だが「単なる物理的静的な場所ではなく動的な関係性にこそ居場所は存在し得る」のだとすれば)
- 秘密を独り占めすることは即ち関係性の否定であるから、それは居場所の否定でもある。
- あるいは
- p135)「人が死んだら記憶も 消えて無うなる / 秘密は 無かった ことになる」と言いつつも
- 一方でテルの紅をすずに渡して記憶に留めて貰おうとしているのも
- そうした動的な関係性を(死んだ後も)続けるその営みこそが「居場所」なのだとリンも理解しているからなのだろう。
「周作さんが 笑うとって 安心しました」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p138)
リンが言う「秘密」が周作とのことのように思わせる効果があるが、これは単にすずの予想(妄想?)のどれとも違ったので「ああ周作さんは気持ちの整理がついてきたのかな」と安心したということなのだろう…と言いたいところであるが、これは安心したのではない。
周作がリンと直接会うところを桜の木の上から目の当たりにしてしまい、不安を掻き立てられたすずが、その不安を打ち消そうと、自分に言い聞かせる為に、周作の発言をそのまま鸚鵡返しして「安心しました」と言っただけなのだ。
- このすずの台詞の直上2コマの、背景の男性2人組の移動距離が示唆する時間経過は
- 下記のp137)で描かれた周作の前を横切る人のそれよりも(遠くに見える分)長い筈で
- その時間の長さは、すずが “不安の強さ故、鸚鵡返しするのもやっとの思いであった” ことを示している。
そしてこのすずの不安は現実化する(それはこの後の「第30回(20年5月)」でこっそり描いてあるのだ…)。
そして、どうしようもない周作(そのどうしようもなさは後でこっそり描かれる)
周作がリンを見て、すれ違うまでの時間は、周作の前を横切る人の僅か数歩の間だけ
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p137)
そしてそれらのコマの視点はすずのそれ。「第34回(20年7月)」の1945(昭和20)年7月2日未明の呉空襲後にすずがリンについて言及した時周作は驚いているので、それまですずとリンに接点があるとは知らなかっただろうから、この時リンは周作にすずの居場所を教えたりはしていないだろう。会話自体無かったかもしれない(下記の通り、リンは周作との遭遇を避けようとしていた筈なので)。
にもかかわらず…
「おかげで わしもさっき 知り合いに 会うた」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p138)
「おかげ」というのは、はぐれたすずを探しに来たおかげで、という意味。しかしこれにとどまらなかったのだな、実は(上記の通り、この後の「第30回(20年5月)」でこっそり描いてあるのだ…)。
「でもほれ 見てみ 下へ細バカマを はいとる」
こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p133)
別にすずが「この非常時に!」と詰ったわけでもないのに、リンが何故言い訳めいた説明をしているのかというと、p131)の径子の台詞「この非常時に みなよう 来んさること」が聞こえたから。
- つまり径子のこの台詞が聞こえる位置に、その時リンは居た。
- この回の最後のコマで周作がp138)「友達を追っかけ よるうちに」と言っているが「友達を追っかけ」ていたのは実はリンの方なのだ。
- おそらくリンは
- 周作達に見つからないように(危険を冒してでもどうしても告げたい事がある)すずだけを連れ出したくて
- (一定の物理的距離をとりながら)追いかけつつ
- 頃合いを見計らっていたのだろう。
- 周作達に見つからないように(危険を冒してでもどうしても告げたい事がある)すずだけを連れ出したくて
- リンは、周作が自分を見ると恋心を再燃させるだろうと正確に予想していて
- (その予想の正確さは、この後の「第30回(20年5月)」でこっそり描いてある)
- だからすずに気を遣って
- わざわざ時間をかけて
- (時間をかければかけるほど、二葉館の人達から逃げたと疑われる危険が増すのに…)
- そのようにしていた。
- わざわざ時間をかけて
そこまでしたのに、桜の木の下で周作と出会したのは、リンにとって想定外のミスだったのだ…(どうしても告げたい事をすずに話せたので、つい気が緩んだのかもしれないな)
- 更新履歴
- 2022/03/11 – v1.0
- 2023/01/31 – v1.1(読み易くなるよう加筆修正し、関係するリンクを追加)
- 2023/03/13 – v1.1.1(「次へ進む」のリンクを追加)
- 2023/04/05 – v1.1.2(変換ミスの修正)
- 2023/05/12 – v1.2(「周作さんが 笑うとって 安心しました」が安心どころか、すずの不安の表れである旨修正)
- 2024/03/08 – v1.3( ‘リンは本当は秘密を独り占めすることが「ゼイタク」だとは考えていなかった’ を追記)
- 2024/04/03 – v1.4(「でもほれ 見てみ 下へ細バカマを はいとる」を追記)
- 2024/05/19 – v1.5(「テルちゃんは 死んだよ あの後肺炎を 起こしてね」に「波のうさぎ(13年2月)」との関係を追記)
- 2024/10/09 – v1.6(「雪に描いた 絵見て わかったわ / 有難うね」を追記)
- 2024/10/11 – v1.6.1(テルがリンに、若い水兵から聞かされたすずの事を話したきっかけを追記)
- 2025/01/04 – v1.7(「髪梳けるリン」を追記)
- 2025/01/17 – v1.8(ジギタリスについて追記)
- 2025/01/28 – v1.9(金子みすゞ の全集発行について追記)
- 2025/02/10 – v1.9.1(誤字修正)
- 2025/02/12 – v1.10(神武天皇祭について追記)
- 2025/03/03 – v1.11(「雪も解けん うちよ」を追記)
- 2025/04/01 – v1.12(「周作さんが 笑うとって 安心しました」の直上2コマが示す時間経過について追記)
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